誕生 ― 世界が揺らぐ中で生まれた小さな戦士
手島領が「BABYBOY」を描き始めたのは、まるで人生の流れが一度転がり始めたような瞬間だった。
それまで彼は広告やデザインの仕事に携わり、企業やブランドのイメージをつくる“裏方”として多くの時間を過ごしてきたが、ある日、知人から誘われて出たZINE展をきっかけに、久しぶりに“自分のために絵を描く”という原点の楽しさを思い出したのである。
小さな冊子をつくり、誰かに直接見てもらう喜びは、広告のように数字では測れない温かさを持っていた。そこから少しずつ、アートを自分の言葉として描く時間が増えていった。
最初のシリーズは「お城ボット」と名づけた作品だった。
熊本城や姫路城といった歴史ある建物をロボットに見立てるという、子どもの頃の空想をそのまま形にしたようなユーモラスな作品で、そこには「正しいアートを描かなければいけない」という肩の力が抜け、純粋に描くことを楽しむ気持ちが戻ってきていた。
そして、この感覚こそが、のちに彼の代表作「BABYBOY」を生み出す大きなきっかけとなっていく。
やがて、世界はコロナ禍を迎える。
目に見えない不安が社会を覆い、人々の距離は物理的にも心理的にも遠ざかっていった。
その頃、手島はひとりの父親になった。小さな命を抱き上げたとき、喜びと同時に強い責任を感じたという。
外の世界では、戦争が起き、災害が増え、ニュースは悲しい報せで埋め尽くされていた。
大人たちの都合で、罪のない子どもたちが犠牲になる現実を目にするたび、彼の心には“怒り”が芽生えた。
「この世界を、彼らはどう見ているのだろう。
生まれたばかりの命たちは、こんな世界で何を感じているのだろう。」
そんな思いから、手島は赤ちゃんの姿を借りたキャラクターを描き始める。
それが“戦う赤ちゃん”BABYBOYである。
ネオンカラーで描かれたその姿は、一見するとポップで愛らしいが、よく見ると瞳の奥に静かな怒りが宿っている。
それは「生まれてきた命が世界に問いかける声」であり、同時に「それでも未来を信じたいという祈り」でもあった。
BABYBOYは、手島自身が父となり、世界と向き合う中で誕生した“希望と怒りの結晶”であり、彼にとってもまた、人生の新しい出発点だった。
上海AAEFアートセンターでの展示
再生 ― 倒れた先で見つけた“生まれ直し”の意味
2025年の初め、手島は突然、体調を崩して倒れた。
個展を目前に控えていた彼は、そのまま病院に運ばれ、長い入院生活を送ることになる。
これまで走り続けてきた時間が一気に止まり、天井を見上げながら過ごす日々の中で、彼は改めて“命”と“時間”について考えたという。
生きることは、思ったよりも脆い。けれど、その儚さの中にこそ、もう一度やり直す力が潜んでいる。そう思えたのは、死の近くに立ったからこそ見えた世界だった。
退院後、再び制作に向き合ったとき、彼の中でひとつの言葉が浮かんだ。
「どうせ生まれ変わるなら、光をまとって生きよう。」
この言葉をもとに、彼は新しいテーマ「NEO(n) BIRTH」を掲げた。
NEOは“新しい”、そして(n)は“何度でも”という意味を込めた記号である。
つまり、「何度でも生まれ直し、何度でも光を取り戻す」ことを表している。
タグボートで開催される初個展の準備は、ここから再び動き出した。
手島は、展示空間全体をひとつの物語として構成することにした。
会場を進むにつれて、BABYBOYの物語が始まり、成長し、再び光の中へと帰っていく――そんなアニメーションのような流れが生まれるように設計したのである。
「沈黙と誕生」「旅と感情」「再誕の予感」。
この三つの章を通して、観る人はまるで一本のアニメを観たような体験を得ることができる。
また今回の展示では、これまでとは異なる素材にも挑戦している。
それが「OSB合板」と呼ばれる木片を圧着した板である。
不規則に並んだ木片の模様が混沌とした世界のように見え、そこにネオンカラーのインクを重ねると、表面のツヤの中にざらざらとした現実の手触りが浮かび上がる。
命の光と、世界の傷。その両方を包み込むような質感が、作品全体に独特の奥行きを与えている。
BABYBOYはもはや単なるキャラクターではない。
それは、手島自身が経験した「倒れても再び立ち上がる」生命の象徴であり、命の続く意味を静かに語る存在となっている。
未来 ― 希望を描くこと、それが生きること
長い入院を経て、こうして個展が開けたこと自体が奇跡のようだと、手島は語る。
「もしあのまま描けなくなっていたら、BABYBOYの物語は途中で止まっていたかもしれない。
でも、いまこうして続けられるということは、きっとまだ描く理由があるということなんです。」
その言葉どおり、今回の展示は「命の再生」を祝福するような明るさを帯びている。
BABYBOYとBABYGIRLは、傷つきながらも前へ進み、やがて再び笑顔を取り戻す。
戦いや悲しみの先にあるのは、絶望ではなく“希望”であるという確信が、作品のすみずみに宿っている。
手島はこれから、BABYBOYの世界をさらに広げていくつもりだという。
立体化、アニメーション化、音楽との融合。
国や言葉の壁を越え、世界中の人々が共感できるキャラクターへと育てていくことを目指している。
BABYBOYは「国境を越えるアート」であり、そこに描かれているのは特定の誰かの物語ではなく、すべての“生きる者”の物語である。
10月9日(木)からギャラリーにて個展「BABYBOY-NEO(n) BIRTH-」を開催いたします!
手島領「BABYBOY-NEO(n) BIRTH-」
2025年10月9日(木) ~ 10月28日(火)
営業時間:11:00-19:00 休廊:日月祝
※初日の10月9日(木)は17:00オープンとなります。
※オープニングレセプション:10月9日(木)18:00-20:00
※10月16日(木)はセミナー開催のため18:00閉場となります。
入場無料・予約不要
会場:tagboat 〒103-0006 東京都中央区日本橋富沢町7-1 ザ・パークレックス人形町 1F
手島領個展「BABYBOY-NEO(n) BIRTH-」の展覧会情報はこちら